56だけどアニメ観たよ!

1965年生まれ。今年56歳になります。アニメ観たよ!

56だけど『スーパーカブ』観たよ!2【ネタバレあり】

つきしまいっせいといいます。

1965年生まれ、今年56歳になります。アニメ観てます。

 

ギャップっていいですよね。

『ゲーミングお嬢様』とか『慎重勇者』とか『幼女戦記』とか。

タイトルこそ『スーパーカブ』という商品名ではありますが、女子高生+カブという組み合わせは意外性があってつい気になってしまいました。(種子島ではその組み合わせ、デフォらしいですが。)

というわけでして、アニメ『スーパーカブ』についてその2です。

 

※本投稿は『スーパーカブ』(アニメ+原作小説)のネタバレを含んでいます。未視聴・未読という方で内容を知りたくないという方はブラウザバックをお勧めします。

 

第2話『礼子』

家庭科の実習授業で自分がカブに乗っているということを話してしまう小熊。

級友たちは「なんだカブかよ」とさして肯定的な反応を示さないが、ひとりだけガッツリと食いついてきた女子が一人。礼子だ。

成績は上位でスポーツも優秀。女子同士の噂話を伝え聞いたところによると、実家は東京で会社を経営していて、礼子は北杜市北部にある実家の別荘で一人暮らしをしているという。(原作1巻より引用)

小熊とは対照的に恵まれた環境にある、リア充と呼んでもいい存在だ。

 

礼子は即座に話しかけてくる。「あなたはカブに乗っているの?」

この時の小熊は割と薄い反応を見せた。といのも、

クラスの中で何となく一人になってしまった小熊とは対照的な存在。小熊は礼子が苦手だった。(原作1巻より引用)

というわけで、礼子は小熊にとっては積極的にかかわりたくない相手だったようだ。

だが礼子はそんな小熊の心情など気付きもせずにグイグイくる。

そして小熊のカブを見てあれやこれやと立て続けに話した後で、自分のカブを見るかと聞いてきた。押し切られるような感じで小熊がうなずくと、満面の笑みを浮かべつつも少々キョドる礼子。かなりというか、極端にマイペースなようだ。だが悪い人間ではなさそうにも思える。

 

自分のカブを持ってきた礼子は、またしても語る語る。小熊にとっては外国語というか呪文というか、理解の追いつかないボキャブラリーの連続。……マイペースだ。

 

翌朝。教室についた小熊は逡巡しつつも礼子に声をかける。「おはよう」

しかし礼子は読書に夢中で「ん? うん」という薄すぎる反応。

あくまでもマイペースだ。

一方の小熊はというと、

昨日のことでこの礼子という、同じカブに乗るクラスメイトとお喋りなんてものをする仲になったと思い、それを負担に感じていたが、勘違いだったことに気づく。(原作1巻より引用)

というわけで、むしろほっとしていたようだ。アニメでは少し傷ついたのかなとも心配したのだが。

 

だが、やはりと言うべきか礼子はそのまま放っておいてはくれなかった。

級友から一緒に昼食を食べないかと誘われた礼子は、「ごめんなさい。今日のお昼は友達と食べる予定なの」と断り、おもむろに立ち上がる。(この時、さりげなく椎が出ているような。)そして小熊を半ば強引に連れ出す。そして駐輪所に着くと、礼子はカブのシートをぽんぽんと叩いた。「友達と一緒にね!」

 

ここまでのまとめ:

礼子って友達かよ?→違うらしいぞ→いや、友達っぽいぞ?→やっぱり違ったぁ!

 

あまりの自由奔放さに思わず吹き出してしまう小熊と、それに対して笑みを返す礼子。

どうやら礼子にとって友達はカブ、そして小熊は同じカブ乗りという同志的な存在のようだ。そんな礼子との会話が小熊に変化をもたらしていった。

 

「こうやってカブに乗っていると、たとえ止まってても自分がどこにでも、どこまででも行けるっていう気分を感じられるのよ」

「どこにでも行けるわよ。だってカブだもん」

 

帰宅時。国道20号と県道612号が交差する牧原の交差点。小熊の心に礼子の言葉が響き出す。

いつもなら直進しているはずの小熊は、そこでウィンカーを出していた。

初めて給油したガソリンスタンドを通過し、ガス欠を起こしたコンビニ前を通り過ぎる。そして行ったことのないスーパーでは予期せぬ特売を見つけ、ちょっと得をした。

 

小熊の暮らしがまたひとつ色づいていく。

カブにつけるチェーンキーを買うのは、明日のお楽しみ。

笑顔を残してカブを前に出す小熊。

「ないないの女の子」に、明日の楽しみがもう一つ、もたらされていく。

 

学校帰りに寄り道をしてスーパーで買い物をした。

 

それだけの話なのに、妙にうれしくなってしまう。それはきっと、そこまでの過程を丁寧に丁寧に描いていたからなんだろうと思う。特に小熊の表情の変化が実にいい。

控えめながらも笑ってみせる。そんな顔をまた見たくなってしまうのだ。

 

そして礼子。

曲者とも思えるし、単に気が回っていないだけの天然キャラにも見える。

いずれにしても今後小熊とどういう関係を築いていくのか楽しみに思えてならない。

 

追伸

ふと気になってしまったことが一つあります。小熊の乗っているカブのウィンカースイッチです。自動車であれば左折時はウィンカーレバーを上に、右折時はウィンカーを下に入れるのだけれど、アニメで描写されているカブは逆のようです。ここらへん、調べてみたのですが、ウィンカースイッチが右手側にあるのは岡持を左手で持ったままでも運転できるようにするらしいとかの話しか見つかりませんでした。

画像検索で見たところ、左ハンドルの自動車と同じ向きのようなのですが、よくわかないまま今日に至ります。

「了」

 

 

 

56だけど『スーパーカブ』観たよ!【ネタバレあり】

つきしまいっせいといいます。

1965年生まれ、今年56歳になります。アラ還というやつです。

四十路で観たハルヒに衝撃を受けて以来アニメを観つづけています。

2021年春アニメもそろそろ終盤にさしかかってきましたが、今期のアニメでは『スーパーカブ』には琴線に触れるものを感じたので、そのよさについて考えてみたいと思います。

 

※本投稿は『スーパーカブ』(アニメ+原作小説)のネタバレを含んでいます。未視聴・未読という方で内容を知りたくないという方はブラウザバックをお勧めします。

 

アニメ『スーパーカブ』。このアニメを単純に言い表すならば、

 

 

そのまんまですね。しかしそれでは単純すぎるので追加すると、

 

  • 何もない女子高生がスーパーカブに乗るようになってから、
    人生に彩りを見つけていく

 

という感じになるかと。

そう考えると日常的かつちょっとした成長物語ととらえることができるかと思います。以下、『スーパーカブ』のどこがいいと思ったのか、アニメの進行に合わせて考えていきたいです。

しつこいようですが、ネタバレを含んでいます。

 

第1話『ないないの女の子』

物語のオープニングは山梨県北杜市の風景。

美しくはあるが、色彩に欠ける夜明け前。

日が昇り映し出されるのは、公営団地を思わせる2棟の低層集合住宅。

室内の描写。殺風景な、まるで引っ越してきたばかりのように生活感の乏しい部屋。

そこが主人公の小熊が暮らしている場所。

同時に小熊の心象風景を集約して表現しているようにも思える。

 

アップルジュース、適当にマーガリンを塗った食パン。そんな朝食を立ったまま食す女子高生。テーブルには椅子が一脚のみ。炊きたての米をタッパーに詰めると、レトルト食材を一つ選ぶ。

朝の支度が済ませた小熊は窓を開けて外を見る。そしてため息を一つ。

親もなく、お金もなく、趣味もない

友達も、目標もない

彼女は、「ないないの女の子」だった。

 

そんな彼女にちょっとした変化が訪れた。

帰宅時。自転車に乗る自分を追い越していくスクーター。

小熊は思いついたように方向を変え、家とは反対方向へと進んでいく。

着いた先はバイク屋「Shino's」。

しかし販売されているバイクの値段を見て、そうそうに諦めてしまう。

帰ろうとする小熊に声をかけてきたのはバイク屋の親父、シノさん。

お金がたりないという小熊に対して、シノさんは「中古でよければ」と一台を勧めてくる。

ちなみに原作でこの店は中古バイク屋。

店主は中古バイク屋のくせに「中古でよければ」という奇妙な言葉を発する。変だ。(原作1巻より引用)

というところでわざわざ「中古でよければ」などと言ってくるのがポイント。

 

出されてきたのはスーパーカブ。やや年式は古いが走行距離はいっていない。

「一万円」

その破格の安さに興味を持ったのか、小熊はバイクにまたがってみる。

 

風が吹き、彼女の景色が一瞬だけ色づく。

小熊は即決した。曰く付きの“事故車”扱いであることも、気にさえしなかった。

 

だが、小熊には免許がなかった。

そこで彼女は、

日野春の隣にある長坂駅近くの教習所で、山梨県で原付免許申請者に義務付けられた技能講習を受け、近隣の北杜警察署で学科試験と交付手続きを行う方法も教えて貰う。(原作1巻より引用)

試験に合格すれば即日免許証交付で、すぐに乗ることのできた小生の学生時代との違いを感じる。アニメでは描かれていなかったが。

 

そしていよいよ納車。

小熊の持ってきた自転車用ヘルメットと軍手を見て、シノさんはため息を一つ。

そして「ほい、これ」と差し出してきたのはジェットタイプのヘルメットと黄色いグローブ。「キャンペーンってやつ」といってポスターを指さすシノさん。

 

原作で興味深い記述があるので、ここで紹介したい。

店内には今ならお買い上げのお客様にヘルメットをプレゼントというポスターが貼ってあった。写っている水着姿のタレントは確か今ではかなりのご老体。(原作1巻より引用)

キャンペーンなど、何十年も前に終わっていたのだ。

 

無愛想で不器用。しかし面倒見がいいシノさん。この時点で彼女は既に素晴らしい出会い得ていたのだ。そんなシノさんに見送られて、小熊はバイクを走らせていった。

時速20kmという低速度ながら無事帰宅した小熊は、そこでようやく笑顔を見せる。

「ないない」の女の子が見せた笑み。それはこれからの彼女を象徴するような、期待感を大いに持たせてくれる一幕だ。

 

夜中。いったんは就寝しかけた小熊だったが、ふいに起き上がってしまう。

そして夜道を走り、コンビニの駐車場で停車する。

停まっているカブを見て、特上の笑みを浮かべる小熊だが、その直後にハプニングが発生した。

エンジンがかからないのだ。

何度キックスターターペダルを踏み込んでもエンジンはかからない。

なんで? 途方にくれる小熊。

だが、そこで小熊はヒントを得る。

心配して声をかけてきたトラックの運転手が、釣り銭を地面に落としてしまった。これは原作小説にはない、アニメのオリジナル。

チャリンというその音が彼女に気付きをもたらした。

小熊は思い出した。シノさんが硬貨を使ってボルトを締めていたことを。

 

アニメ『スーパーカブ』はこのようなきっかけやヒントをもたらすシーンを加えることで、物語の蓋然性を高めているように思える。注意していないと小生など見落としてしまいがちだが、丁寧に作っているのだなと好感を持たずにはいられない。

 

小熊はカブのマニュアルを取り出し、エンジンが起動しない原因を突き止めた。

ガス欠だった。

購入したばかりのカブにはガソリンが最低限の量しか入っていなかったのだ。

バイク乗りにとっては常識らしいのだが……、ちゃんと言えよシノさん!と心の中で突っ込みが入る。この時点で小生はすっかり物語に入り込んでいしまっていた。

小熊はガソリンスタンドでマニュアルを読みながら給油をおこなう。

そして無事帰宅。そのまま玄関先で寝入ってしまうのだった。

 

翌朝。

朝の支度を済ませ、カーテンを開けて外を見る。

彼女はもうため息はつかない。かわりに笑みがこぼれる。

そこにカブがあるから。

 

何もない少女がスーパーカブに出会ったことで、変わっていく。もちろんいい方向に。そんな未来をしっかりと感じさせる、すばらしい初回だったと思う。

 

「このカブは、どこまで走れるんだろう?」

そんなモノローグで第一話が終了する。

小生にはバイクを所有したという経験はないが、そのわくわく感というか、高揚感は知っているつもりだ。それ故にこのアニメに惹かれたのだろう。

初めて自分の車を買った時、やはりそのような気持ちになっていた。

その気になれば、遠くまで行ける

それも、思いついたその日にだ

小生は車に乗らなくなってから四半世紀が経過している。そして、十年ほど前に始めた自転車も腰と膝を痛めたせいで乗れなくなってしまってから3年が経つ。

小生が忘れつつあった、

 

どこにでもいける!

 

その幸せな感覚が久しぶりに呼び起こされた。いや、呼び覚まされてしまった。

だから、アニメ『スーパーカブ』に心を打たれてしまったのだろう。

だから、その続きを観たいと思ったのだろう。

 

追伸

第1話で2カ所、もやっとしたシーンがあったので触れておきたいです。

  • 自転車に乗っていた小熊が自宅近くの交差点で一時停止せずにすうっと通行していった箇所
  • 学校近くでは車道の右側を自転車で走っていた箇所

 

ここでなぜもやっとしたかといういと、

 

交通ルールを守れ!(キリッ

ということを言いたいのではないのです。

 

が、自転車乗り(中断中)の身としてはママチャリ乗りの多くが交通ルール無視で結構危ないなと思うことが多々あったわけです。最近ではウーバーイーツに人たちがやばいですね。歩道を全力疾走するウーバーの人のなんと多いことでしょうか。

 

一方で決まりを守っているだけでは物語の面白さは薄れてしまうわけでもあります。たとえば『四月は君の嘘』で椿と渡が(たぶんパクってきた?)自転車二人乗りで公生とかをりをコンテスト会場につれていくシーンとか、『ゼーガペイン』(古っ!)でキョウとカワグチが自転車で無謀な競争をするシーンとか、お上品に交通ルールを守っていたのでは表現できない面白さがあるとも思います。

 

しかし、必要もないのにわざわざ交通違反をするのはどうかというところで、もやっとしてしまったわけです。というわけで、必然性がない限りは、無駄に交通ルールを破らないでほしいというのが、個人的な考えではあります。

[了]